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北海道伊達市 僧侶と美容師二足のわらじ りゅうのブログ 

北海道の伊達市に住んでる 私 西岡宣龍こと りゅうは 美容師&日蓮宗の僧侶 であります 美を創造つかさの店という名の小さな美容室を1人で経営しています 美容師である私 宣龍を 日蓮宗の僧侶へ導いてくれた 今は亡き私の師匠が 生前書き残した法話や 私 りゅうの 独り言 を 書いてます

ハート

この文章は 私 せんちゃんを 日蓮宗の教師へと導いてくれた今は亡き 私の師匠が 生前書き残した法話や 私 せんちゃんの 独り言 や つぶやき を 書いてます




まいど~~

せんちゃんで~~す

皆様お願いです

いつも 笑っていて下さいネ

ワハハヽ(^▽^)人(^▽^)人(^▽^)ノワハハ






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皆様 お久しぶりでございます


先週の 水曜日と木曜日に

少しずれたお盆休みをしてまして


埼玉からいとこが 遊びに来ていたので

函館に 一泊二日のお泊りに行ってきたんです


とても 天気が良く 

日本三大夜景である 函館の夜景も

とても綺麗に見えたんです


奇跡的に綺麗に見えたんです

なぜかと言うと


我が家は お出かけの時は いつも雨

聞くと いとこ夫婦も お出かけはいつも雨らしい・・

そんな 二家族がお出かけして・・・・

晴れるなんてことは きっとない・・・(笑)


と 話しながら 函館に向かったのです

もちろん 行く途中は 雨が降ったりやんだり・・(笑)



まあ そんな家族ですので

あまり 期待せずに 函館山に行ったのですが

見事に天気が良く 

雨が降った後のせいもあり


空気がとても澄んでいて


ほんとに 綺麗な夜景が見えました


002.jpg



なかなか こんなに綺麗に見えることもないんですよ


2年前 娘が小学校の修学旅行で

函館に行った時は 曇って

何も見えずに帰ってきたらしい



そこで 今回娘が とても夜景を楽しみにしていて

やけに 張り切ってるな~~ っと 思っていたら



娘と いとこの ねーちゃんが 

夜景を見ながら・・・ 

無いね~~~ どこだろうね~~~~


なんて 何かを探してる様子・・・・・・

僕は 何さがしてんの?????? 聞くと



娘が 夜景の中に ハートあるんだよ!

夜景の中にハートが隠れてるの!



ほほ~~~


ハートが隠れている・・・・・

はい 僕も探しましたが 一向に見つからず



で あきらめて 帰りのバスに乗り


函館山 9合目で バスの中で 娘と

いとこのねーちゃんが・・・・・・・・


見つけた~~~~~!

あった~~~~~~!



バスの中で叫ぶ二人


バスの中では 他の乗客も どこだどこだ? 

と 真剣に探してる感じ・・・(笑)



ちなみに 僕も 見つけることができました



002.jpg



この中に ハートがかくれてるんですが


残念ながら 写真では見る事が 出来ません


きっと 実際に見に行かないと 見えないと思います



皆さん 函館山に行った時は

ぜひ ハートをみつけて くださいな




寝る前に ちょっとでいいから





...ニコニコ (⌒-⌒) ニコニコ...







私達にある病気・・・13

この文章は 私 せんちゃんを 日蓮宗の教師へと導いてくれた今は亡き 私の師匠が 生前書き残した法話や 私 せんちゃんの 独り言 や つぶやき を 書いてます




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本当は病気なしの

神の子、仏の子、如来の子の

私達なのに・・・・・どうして?



私達にある病気

執着、嫉妬、自己中心者 嘘善者にはありますよ


私からのお願い事です


皆様お願いです

いつも 笑っていて下さいネ



私達にある病気・・・1

私達にある病気・・・2

私達にある病気・・・3

私達にある病気・・・4

私達にある病気・・・5

私達にある病気・・・6

私達にある病気・・・7

私達にある病気・・・8

私達にある病気・・・9

私達にある病気・・・10

私達にある病気・・・11

私達にある病気・・・12

前回の記事を 読み返してから 

お読み下さる事を お願い申し上げます







私達にある病気・・・13




「全ての創造主である 神を 一時も忘れることないように

また 常に神との直結を求めよ 祈りて感謝せよ

そして 神は愛であり 全智であり 全てのものを知りつくし 

全ての幸福を吾々に与え給うている」





ご神仏は私達に 一瞬一時も休みなく 

無限の幸福をお与え下さっているのであります

悪いやつにも 良い人にでも 全然関係なくです

ですから その全ての幸福を 我が物と致すためには

毎日毎日必ず神とつながる 観法を致すことが当たり前の事であります


何かを求める時 何かに悩む時 何かの要求を満たすための時だけ

祈っても 又 先達者に相談されても駄目であります





もし まかり間違って 成就致したのごとく 表れましても

それは残念でありますが まもなく 崩壊致すこととなります



それは 我欲 我欲 我欲 の一種の信念の力にて

自分の良き様に 現象物を引き寄せたこと だけ の事であるからです



人々も もし引き寄せられたと致しますと

それも 現象物の一つと成り下ってしまいます

注意致さなければなりません


「私達には 真実のご神仏の恵みを

この現象の処に 引き出す役目が在るのでございます

その事が出来る事により初めて 

全て え の ご神仏の癒し」



が始まると 小生思うのであります
 
吾々も 知性と智慧に満たされた

真の神の子仏の子なり

悉く調和の先達者 吾 なり


その吾の生みの媒介者であります

我が 父 母 そして ご先祖様 各先祖の

個々の霊位に 伏して感謝致さなければ駄目であります


自分一人の力ではありません 


ご神仏ありて 秩序あり そして法則なのであります

そして自分を守って下さる 守護神様に御礼を申しましょう



「普段の生活状態 環境作り 人々との良い対応

布施行 浄財行 法説行 愛行 調和行

そして 六根清浄業 等々によりまして

私達の守護神(霊)は段々と 高い位置にいらっしゃる

高級霊と現在の守護霊との入れ替わりが可能と成るのであります」




又 逆の事も当然のごとくあります

妙法蓮華経 如来寿量品第十六に御座います処の

宝樹多花果(ほう じゅ た け か)

と お釈迦様お示しの

地上天国の生活(いとなみ)を お求めでありますれば

正に 一所懸命 迷わず正道を 真実を求めながら

進み行くと 大変良いのであります


私達がこの道を歩むことによりまして

私達自身のご先祖様も 大変喜びます 間違いありません


この事は ご先祖様に少しでもの 安心を

与えて頂くことにつながりますので

結構大きな 功徳と 成るわけでございます


ご先祖様ありての 私達であります


ご神仏は私達に 素晴らしい親をお与えくださいまして

その立派な親が 私達の親であります

私達は 真(まさ)に 神の子仏の子の親を媒介として

現世に生まれ出た 神の子仏の子の 真人間であります

(たまあ~に 悪い親もいる・・・かな? 仕方ありませんけどね)


各ご先祖様に対する 報恩感謝行を忘れては 駄目でありますよ


「神に感謝しても 父母に感謝し得ないものは

神の心にかなわぬ」



父母とは 両親の事だけではなく 両親の親もそうでありますが

上へ 上へと昇りますと ご先祖 そのご先祖の源であります

個霊 分霊とつながり 大生命であります

神様仏様と つながるのであります

ですから 少なくても ご先祖に対する

感謝報恩の行は絶対に 実践業(行)として実行致すことが

当然の事であります 私達の生活そのものであります

最も簡単に申しますと 先祖に対するご供養は

先祖の霊魂を招霊し 感謝の法要を致し

真の理を付与致すことであります

真理の言葉を念送することでありまして

その有難い真理の言葉の力と 功徳によって

迷える個霊も救われるのであります

救われたる霊魂は 真理を悟っている事ですので

自縄自縛 束縛より脱することができます


その結果は 明らかに 一層の自由自在を与え

増々の神通力を発揮することが出来ると思います

その神通力を与えた霊位は喜びと満足とを

御礼返しの 感謝として 私達の子孫の繁栄 健康

等への導きと成って下さるので在る と 小生断じて信じております


祈ってばかりでも駄目であります

実際に実践致さなければなりません



実の業 実の行いであります そうして

墓参りも忘れないように お願い申し上げます

本当の心は必ず通じます


*私は頑張るよ と 皆で大宣言致しましょう*


ご神仏はどうして 私達をこの世に出して

色々な苦難や困難 また 幸福と見える人


又 悲しいと見える人等々・・・作られた??のでしょうね

それは 何なんでしょう・・・キリスト教的にもうしますと


アダムとイブのお話があります

ご神仏は アダムとイブが現象的快感を(肉体で知る快感)を知るまでは

天国と同じ 地上天国を示されていた訳であります

ご神仏の念いの 心 のままでの地上天国で在った訳であります

しかし キリスト教的教えによりますと


アダムとイブが果実(現象の肉体的快感 快楽)を知った時を限りとし 

神より離れた所の現象界(物理理論 物質理論 唯物論)に

落とされたと申しましょうか そうなのであります

此の処で 小生は思います


「人は皆本来 神の子との聖句」であります

私達は本来ご神仏の子なのでありますから

吾々の心も本来のご神仏の念いの善であります 心を

常日頃 たもち続ける事が出来るならば

まったく 全てにおいて問題は無いのであります


しかし 私達が 快感 快楽 を知ったとき

そのままの ご神仏の善念波の 心なるものを

維持いたし受持続ける事はなかなか いや 全然でしょうか

無理であろかと 小生生意気でありますが そう思います


ですから 私達は勝手な 自己の心?に総じて おもてむくままに

もの 事を 運びたがるのでございます


その時 どうしても回りの人々との関係に於いて

中々一通致すことが少なく 対立の図面が出来てしまうのであります

そうして 対立 怨み 憎しみなどが 現れてきまして

自己統制が不都合と成り 自己抑圧 そして自己破壊へとつながり

最後には 自己崩壊と成ってしまうのであります


其の時ほど 人々は自己の心の 置き処の改善改革よりも

他人や回りの人々に 責任を加せてしまうのが大変多い実例であります

この様に 現実界で余り良い状態の行いを致さぬ場合に 


現れてくるのが 自分の身体えの病気であり 



特に難病や 中々治りづらい病気となってしまうのが

多く在るのでございます


これは 自分の 心 の念いの 想念感情が

そのまま 現れた結果であります

(今霊界にいる人の波動もありますが この件は別にお伝えします)


良くない事の 想念感情が 体に現れたと言うことであります

想念感情とは 祈る事 のみ ではありません

なんとなく 腹立たしく思うこと 不幸の事 不満の事の思い

又 常々の口癖が全部 自分の「心の相」として 

現実に 肉体に現れるのございます



心の相とは 心の象徴であるという 肉体のことであります


「私達の肉体は 念う心の象徴であります

肉体は 心の影であります」



自分達の心の念いの相として 現実界の内にあって

本当はまだ何も無いのに 

形ある形に あらわされ たのが象徴であります


吾々神の子仏の子の生命は健全であります

心の象徴であります 肉体に執着する事が無いように頑張りましょう



もし病気などにより 苦しむ事 多くありましたら

私達の祖先の 「功徳に頼る事も必要であります」

また 高級霊の治病であります 

神癒の力 仏癒の力 を信じて 受け入れる心が必要であります


「宇宙を貫く法則 真理 智慧 絶対の愛」

すなわち 宇宙普遍の超高級霊の働きであります




故 玄龍院龍弘日宣上人より



...ニコニコ (⌒-⌒) ニコニコ...







盂蘭盆

この文章は 私 せんちゃんを 日蓮宗の教師へと導いてくれた今は亡き 私の師匠が 生前書き残した法話や 私 せんちゃんの 独り言 や つぶやき を 書いてます




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って 暑いですね~~~~

まっ 北海道の暑さなんて

大したことなのかもしれないが


さすがに 30度超えてくると

暑いですね




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あれあれ~~


って いうまに 8月になり


お盆が来ます お盆です

先日 せんちゃんも

自分のご先祖様の 盂蘭盆のお塔婆を書いたりと

御供養の 準備が整いました


で お盆 盂蘭盆とは??

盂蘭盆の由来とは・・・

を 書いてみようかな? なんて 

先月までは思っていたんですが

うまく書けそうにも ない気がしてきて



ブログ村から いろいろな方の

ブログを見ていたら

とてもわかりやすく 書いている記事がありましたので


書いてるお上人は 全く知らない方ですが

勝手に記事をリンクさせていただきました


青年僧侶のシャカリキ奮闘記

親心が餓鬼界に墜ちる!?





このお盆は、お釈迦様のお弟子である目連尊者の故事が由来です

目連尊者は神通力第一と称され、

今で言う超能力のような能力を持っておられました

ある日、自分の亡くなった母が、今どこにいるか気になり、

得意の神通力で探してみると・・・・

なんと地獄の餓鬼界に墜ちているのを発見しますあせる

伝記によると、目連尊者は一人息子であったらしく、

母親は、ことのほか目連尊者のことをかわいがったそうです。

また裕福な家の出身でもありました。

ところが母親は、目連尊者には全てのたくさんの物を与えたのですが、

他の人たちには、何も施すことはありませんでした

路上でその日暮らしの人たちや、恵まれない人たちが

たくさん周りにいたのにも関わらず・・・。

見て見ぬふりをしてしまったのです

我が子のためなら何でもしてあげたい・・・

でもそれが、いつのまにか・・・

我が子さえが幸せであれば!!

という心となってしまってたのかもしれません

誰しもが持つ親心のひとつです・・・。


変わり果てた母親を見た目連尊者は、

神通力を使い、たくさんの食べ物を目の前に出してあげます

母親は、亡くなってから何も口にしていませんので、

心から喜び、食べようとするのですが・・・

何度やっても地獄の炎と変わってしまいます

何度も何度も、母を救おうと思い、

やればやるほど母は苦しむ・・・

どうやっても母親を救えないのです怒

たまりかねた目連尊者は、ここでようやくお釈迦様に相談します

するとお釈迦様は、たった一言、目連尊者にこう言うのです・・・。




「目連よ・・・、お前も同じ事をしている・・・。」


どういうことかと言いますと、

目連尊者も、母親だけを救おうとしていたのです

母親の周りにはたくさんの救われない餓鬼がいたのにもかかわらず、

それが見えなかったのです!!

いや、見ようとしなかったのかもしれません

「母親を救うには、母親だけではなく、たくさんの救われない餓鬼も一緒に供養しなさい。

そうすれば母親も一緒に救うことができますよ」

これがお盆の由来です。



だからお盆には、たくさんの食べ物や、

たくさんの供養をお捧げするのですね

お寺で執り行う盂蘭盆会は、自分のご先祖さまだけではなく、

他人の家のご先祖様、そして救われない餓鬼も一緒に供養していきます!!

ここが大事なのですね

自分の先祖だけではなく、すべての精霊を供養していく、

その法要こそが、肝心(゚ー゚)(。_。)ウンウン

全ての者をすくおうとする大慈悲心こそ、

お盆の心でもあります(。-人-。)



ここまで まるまる コピーさせて頂きました

勝手に リンクしてしまいましたが

お許しください


全ての者をすくおうとする大慈悲心


全くその通りだと 思います


これね お盆に限らず


普段の生活の中でも 

とっても 大事だと思うんです


僕にも 親もいれば 子もいます

普段の生活の中でも


自分の親さえよければ良い


自分の子供さえ よければ良い


自分さえよければ良い



これ ダメですよ!

でも でもですね


自分は 私は そんな考えしてません!


なんて 思っていても

知らず知らずに 

自分の気がつかないうちに


自分の身内さえよければ良い


特に 特に 知らず知らずのうちに

なりやすい行動が


自分の子供さえよければ良い

自分さえよければ良い



これ ほんとに意識して 気を付けないと


自分の子供さえよければ良い

自分さえよければ良い

って いう行動をしてたり するんです




自分で気がつかないうちに

行動してたりするんですよ



よくないと おもいます


これに 気づけば いいですけど

残念ながら

気づくことすら できない人も


多いんですよ



お盆には 実家に帰省して

実家でお盆を迎える人も多いでしょう


もちろん 自宅にお仏壇があり

自宅でお盆を迎える方

様々だと思いますが


ご先祖様あっての自分であり

ご先祖様でも 

自分の家族でも

自分自身

すべての人が

いろいろな 人と かかわりを持って

生きてきて そして 今を生きてるんです


沢山の人や 物事など

いろんな 関わりを持ちながら 

生きてきているんです


どうか ご先祖様に いつも ありがとう・・と

そして すべての 人々に ありがとう・・・と

心より 思って 

すべての人々の 幸せを祈ってください


難しい考え方など いりませんよ


ただただ すべての人に

ありがとう・・・と 思って下さい


そんなの おもえね~よ!

なんて 思っても(笑)


まっ もちろん 思えない時も あると思うが


出来るだけ 思えるように  してくれ!



すべての人に


はっきり言って 

自分の家族や

自分と気の合う人

自分の好きな人

などには わりと 簡単に・・

ありがとう・・・って 思えると思うんです



でも 嫌いな人とかさ 気の合わない人とかさ


ありがとう なんて 思えないよね


自分の親だって

親だから って 気が合うなんてこともないからさ

親にですら ありがとう って

思えない事もあると思うが


でも 出来るだけ みんなに ありがとう

って 思えるように なってください










寝る前に ちょっとでいいから





...ニコニコ (⌒-⌒) ニコニコ...







プロフィール

りゅう

Author:りゅう
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