FC2ブログ

北海道伊達市 僧侶と美容師二足のわらじ りゅうのブログ 

北海道の伊達市に住んでる 私 西岡宣龍こと りゅうは 美容師&日蓮宗の僧侶 であります 美を創造つかさの店という名の小さな美容室を1人で経営しています 美容師である私 宣龍を 日蓮宗の僧侶へ導いてくれた 今は亡き私の師匠が 生前書き残した法話や 私 りゅうの 独り言 を 書いてます

自由な心

この文章は 私 西岡宣龍こと りゅうを 日蓮宗の教師へと導いてくれた今は亡き 私の師匠が 生前書き残した法話や 私 りゅうの 独り言 や つぶやき を 書いてます





まいど~~

宣龍こと りゅうでございます




皆様お願いです

いつも 

笑っていて下さいネ



ワハハヽ(^▽^)人(^▽^)人(^▽^)ノワハハ



人間は精神的部分の

発達 発展が豊かな人と



物質物理的容積の

豊かな人とがあります



吾々人間は全員(みな)両方の

波動 波長をたもちながら

生活を致しているのであります



どちらを沢山生出して 

毎日毎日の生活を致すかは

それぞれの念い思いの儘(まま)での現れで

毎日を生きるのであります



ですから 私達は 

何を見 何を覚るかによって 

又 何を想像し

何を想念致すかによっても

ずい分と毎日の生活 

健康が 変化いたすのであります

万物の霊長であります私達の自由は 

如何なる所でも


自身の思いのまま 

事々を支配いたす事が

可能なのであります






想像 想念によって 

恐怖いたしたり 悲しんだり

対立心を起こしたり 

恨み 憎しみなどの心を


自由自在に表現化出来るので


その反動として 心に不調和が生じ

細胞一つ一つの働きの調子が狂い

病気になったり 

不具合が生じたり致すのであります



御自身の 心 によって   


今の健康状態が変わるのです







故 玄龍院龍弘日宣上人より


最後に これを 

ポチッ としてね










~是非 読んで頂きたい記事~


私達にある病気

寝る前に ちょっとでいいから

善に見えても善ではない行動







...ニコニコ (⌒-⌒) ニコニコ...







ご神仏は偉大 母は偉い! ・・・15

この文章は 私 西岡宣龍こと りゅうを 日蓮宗の教師へと導いてくれた今は亡き 私の師匠が 生前書き残した法話や 私 りゅうの 独り言 や つぶやき を 書いてます






まいど~~

宣龍こと りゅうでございます




皆様お願いです

いつも 

笑っていて下さいネ




ワハハヽ(^▽^)人(^▽^)人(^▽^)ノワハハ



ご神仏は偉大 母は偉い! ・・・1

ご神仏は偉大 母は偉い! ・・・2

ご神仏は偉大 母は偉い! ・・・3

ご神仏は偉大 母は偉い! ・・・4

ご神仏は偉大 母は偉い! ・・・5

ご神仏は偉大 母は偉い! ・・・6

ご神仏は偉大 母は偉い! ・・・7

ご神仏は偉大 母は偉い! ・・・8

ご神仏は偉大 母は偉い! ・・・9

ご神仏は偉大 母は偉い! ・・・10

ご神仏は偉大 母は偉い! ・・・11

ご神仏は偉大 母は偉い! ・・・12

ご神仏は偉大 母は偉い! ・・・13

ご神仏は偉大 母は偉い! ・・・14










ご神仏は偉大 母は偉い! ・・・15





陰徳は大変大事であると申しましたが

その理由(わけ)は・・・・・

親でありましても 実際の真実(まこと)は

私達が 神の申し子 仏様の申し子

「そのもの」どうしなので在るという

真実なので御座います

現象界にては 親と成り 子と成っている

事実でありますが 互いに生かしあう

ご神仏の子なのであります

この事とをご理解いただけますよう

お願い申し上げます ですから

現実現象界にての役目としての

親の立場 この 親が陰徳を積む事は

他を生かす事であり 他の生命を

伏して礼拝致す事ともなり 他の人々の

喜び 嬉しさ 楽しさ 歓喜を生出して

差上げる 影の力と成るわけであります

ですから 特に吾子供達ならば なおさらの事

最も近い存在で在りますので 誰よりも

その子供たちの為に 役立つ諸行の所行と

覚ならば 全く何らの抵抗全然無く

一所懸命頑張る事ができるのであると

小生思うのであります そうでありませんか

感謝の念いを普通の状態での中

忘れる事無く 実践致しますならば

この影の陰徳が実を結ぶ結果が現れるので在ります





「今迄も何度も申しお伝え致しておりますが

人々のお役立ちの為 自らが何かの求めもなく

お与えさせて頂く喜びを覚りながら

一所懸命奔走し 浄財の功徳持って

他人の救済の為の資金と致し 使用致します事は

ご神仏の生命をお与え致す事と 同じ事で在ると

小生は 確信と信念を持ってあります」



私達は神の子仏の子であります

相手の幸福を願うため 先ず第一に

人は全員(みな) 神の子仏の子の

無限なる 実相の持ち主である事を

観じて視る事が真理の理として 

大事なのであります このように

自分が「誰」「彼」全然関係なく

観じ視る事が出来まして 初めて

神の生命 仏様の生命の働きが生き

生み出し湧きいずるのであります

こうして私達は 必要な時に

必要な実力が出るのであります

他人に対しても 友に対しても 子供に対しても

無限力を観じ視る事を出来る事が大事であります

大人にも 子供にも 日本人にも 外国人にも

「ご神仏の無限力が」潜在している事を

認めることであります 今より少しでも良いです

信じて頑張ることです そう致しますと

段々と改善され 神の導きのまま「よく」成ります

そう致しますと 嬉しくなりますでしょ


{その処に「善く」成りたいと言う念いの

欲が出てくるのであります}


誰に致しましても 苦しさや悲しさより

良いほうが嬉しいのが 当然であると思います

子供達の場合は特に 自分が 親は勿論のこと

友達や知り合う人々より 良く見られたいと

素直に思っていると 思います

良い子だねと 褒められたいものであります

此の処が 子供に宿り給う無限の

力(神仏の相互性)の存在なのであります

子供が この 褒められたい 認められたい

と 潜在的に求めている 心の状態を

指導的立場にある親が その事に気づき

内在の働きを引き出して差し上げる行動を

業行として 実際に 愛と慈悲の念いのままで

相手(子供達)を 神の子仏の子の一人として

人格を認め その人の為に 一所懸命

努力致さなければ ならないのであります


自分の子という 又 

自分の理想や 

念いの自由になる子供と

みるのは 全然間違いであります




子供の人格は ご神仏の愛深い

尊きの波動の内にあるので御座います

ですから 

「この人達(子供)を発展途上の

途中で無垢なる 

素晴らしい状態を

破壊致すような言葉や 態度や

強制的指導方法は 

駄目であります かといって 

溺愛では余計に駄目であります」




秩序ある真理のままでの教えに

従う処より発する思いを

ご神仏の念いに変化致し

自らが そうである事を

立証致すことが 必要であります

こう致しますことにより 

子供達も 素直に 正しさと

義しきとを 自然と悟る事となり


「現象現実の親に対しまして

感謝と幸福と喜びの観を

意識致しまして

人間的に大変立派になり

大人となって 回りの人々より

尊敬される人格者と成る訳であります」

(それぞれの置かれた処での立場)


尊敬される為には まず 頭脳の働きと

回りとの調和を計ることの出来る

人間性(理念)が必要であります

「自分はほとんど何でも知っている

との思いは 自分の ”我” を

力強く出しているだけの人であります

もしか致しますと 単なる

権力維持を願う 表面 ”つくり” の

上手い人なのかもしれません です

多分 自分は立派であると 回りの人に

知らせたいのでしょうね」




これ ダメな事であります


能ある鷹は 爪をかくす のでありますし

能なし 鷹は 爪を 出す であります




*人さまより 尊敬される人格者と成る為には

不特定の人達の悦びに お答えさせて頂く為の

愛行と広宣流布が 絶対に必是であります*




「少し不思議に思われる方も居るかも知れませんが

大人や親である私達が 

人々の お役立ちの相を現実の中 

実際に致してる状態を 子供たちは

内在している 本来の霊魂の歓びを

感受致すことが 可能と成る訳であります」


ですから 子供は親の相を見て

育まれるのであります



俺は 私は 親である・・・との

ことだけ では 駄目だと小生思うのであります

お間違い無きようお願い申し上げます


お陰はご神仏のお求めに 素直に従い

ご神仏の導きのままに 伝道実践を

致す事の大切さを悟らなければなりません

(お陰様でさまで という事の意味です)

今よりの日本国 この素晴らしい日本国の

国体維持の立役者たる人達のため

今の私達が 今すぐ実行いたしませんか


本当に私達が行動することにより

子供達の「心」も豊かとなり

神仏礼拝に始まり 先祖への感謝

親への感謝 回りの人々との調和の大切さ等を

覚り 悟れる事となり その人の生涯は

素晴らしい状態での 日毎であると

思わざるをえないのであります

ご神仏に導かれたままでの幸福な一生涯であります

来世も又 調和と幸福の内 

心豊かな状態での生活が保障されるのであります


「報恩の功徳は 

必ず自分に戻って参ります」




物質の人間では無く 神の生命 仏の生命の

私達であるからの結果であります

申しお伝えいたします

子供は神の子です 私達の子ではありません

ご神仏よりの

「おあずかり」

致している

ご神仏の申し子であります

信じて 正しき念いのまま 

ご神仏に 託する事でございます


吾が子は本来 

吾が子に非ず
 


で あります(少し悲しいですか?)

神の子 仏の子 成就(なり)

その神の子仏の子に 私達は

心して 拝む(おがむ)行いを致すのが

当たり前なのであります

お導きのご神仏に感謝御礼申し上げます






故 玄龍院龍弘日宣上人より




最後に これを 

ポチッ としてね







~是非 読んで頂きたい記事~


私達にある病気

寝る前に ちょっとでいいから

善に見えても善ではない行動









...ニコニコ (⌒-⌒) ニコニコ...







自分の心次第で 感じる

この文章は 私 西岡宣龍こと りゅうを 日蓮宗の教師へと導いてくれた今は亡き 私の師匠が 生前書き残した法話や 私 りゅうの 独り言 や つぶやき を 書いてます





まいど~~

宣龍こと りゅうでございます




皆様お願いです

いつも 

笑っていて下さいネ



ワハハヽ(^▽^)人(^▽^)人(^▽^)ノワハハ




あれから12年

平成17年1月3日

私の師匠 玄龍院龍弘日宣上人の命日

であります



この年の 4月に

私 宣龍は 35日間の修行

身延山久遠寺の 麓ににある

信行道場に入った年でもあります


先日の1月3日 亡き師の 13回忌でした


いつも 年が明けると

その時のことを思いだしてしまい


今年は特に 

13回忌のおまいりをさせてもらい


何とも言えない気持ちになり

お参り中に 涙が出そうになり



美容師をやってる私を

日蓮宗の僧侶に導いてくれて



自分で店を開業するときにも

お金のない私のために 

無償で 土地 家のお祓い

祈願 すべて やってくれて


独立開業後 5年ぐらいのとき



早く修行に行って来いよ

もう 2か月ぐらい 

店休んでも 大丈夫だろ・・・



なんて 言われ

内心 大丈夫なもんか!


なんて 思いながら

修行に入る準備を2年ほどかけて


平成16年秋

さあ 来年の4月に 修行に入るぞ!

ってときに  師匠は




つかさくん・・・・

わし 君の修行を見守ることが

できないと思う・・・・


なんて 言いだし



(つかさ とは 私宣龍の 改名まえの名前です)




しかし 私は そんなことないだろう・・・


なんて 思っていたが

翌年 平成17年1月3日

師匠の奥様より連絡があり

本日 主人がなくなりましたと



私は寺の息子でもなく

何もわからず 僧侶の世界に入ることになり

師匠が亡くなって 3か月後の4月に

35日間の修行に入り 無事に終わることができ


修行中は 修行前に出会うことができた人達に

とても助けられ 何も分からない私を

沢山の仲間がたすけてくれて

無事に35日間の修行が終わることができ

今でも 数人の仲間と 連絡は取っているが



その後 師匠も亡くなってしまったので

何をどうしていいのかもわからず


美容師と僧侶


どう 使い分けたらいいのかもわからず

12年がたち

ここ1~2年は 

使い分ける必要もないか・・・・

と 思うようになり

美容師の自分も 

僧侶としての自分も

自分は自分 


今まで このブログでも

美容師の自分を 書いてはいなかったが

別に隠してたわけではないのだが

無理に書く必要もないかな・・・

なんて 思っていたが


美容師としての自分を書かない理由もないな・・・と

思い始めて 書くようにしてみた


書いたからと言って

書かなかったからと言って

どうなるわけでもないので


少しづつ さらけ出して見るか

なんて 思い始めてさ


まっ どーでも いいことですけどね




師匠が亡くなって丸12年になるが

亡くなって 10年ほどは

子供もまだ 幼稚園 小学校

毎日 バタバタと生活していたが

今は二人の子供も中学生になり

夜 自分の時間が取れるようになり


2年ほど前から ほぼ毎日

よほど体調の悪いとき 出掛けている時以外

一年365日の内 おそらく 350日ぐらいは

夜 落ち着いてから 20分から30分ぐらい

座禅をしてるんです

初めのころは なかなか集中することが出来なかったが


ここ一年ぐらいは かなり集中する事が出来るようになり

もちろん 毎日集中する事は出来ないが

ぐ~~~っと 集中できてるときは


亡き師匠の 声が聞こえる・・・・というより


声を感じるだな

感じる気がするようになり

気がする・・・では ないな 


声を感じるのです


つかさくん(改名前の名前)


今日の行動は良かったよ

今日の~の行動は 良くないな

ただしなさい!

~のような状況の時は 

このような行動をとるとよいぞ


今日の言葉遣いは良くない

~のようなときは こんな感じで話をしなさい

などなど よくも悪くも

亡き師匠の言葉を感じる



2年ほど前までは

師となる人が現れてくれないかな?

なんて 外に外にと求める傾向があったが

座禅を始めて 今までと逆に

自分の内へ内へ 感じるようにしていると


自然と 師の声を感じる事が出来るようになってきた

師匠が亡くなっても

師匠はちゃんと 自分に声をかけてくれていたのでしょう

でも 私は 自分の外に外にと 求めていたせいで


まったく その声を感じる事が出来ていなかった

気づくのに 10年もかかってしまった

情けない話だが それも現実である


毎日毎日 感じるわけではないが

困ったとき 落ち込んだとき など

アドバイスをくれて よき方向へと導いてくれている

嬉しいかったときは

良かったな~~~~と 喜んでくれている



ここ数か月 ほんとにその声を実感することができ

なんとも言えない ありがたさを

心で実感するようになり


心より ただただ ありがとう と

思えることが 多くなり


もちろん まだまだ 駄目な自分で

ほとんど感じる言葉が


そんな行動は駄目だ!

今日の行いはなんなんだ!

今日の~さんに対する行動 言葉は駄目だ!

もっと ~の行動をとれ!

こうしなきゃ駄目だ! あ~しなきゃ駄目だ!



残念ながら・・・

お叱りの言葉を感じるのがほとんどですけどね 


1月3日 13回忌のお参りをさせてもらって


なんとなく しんみりして 

もう 12年か~~~~~なんて 思っていたら



つかさくん 

これからだよ・・・・



なんて 言われた気がして

何がこれからなのかわからないが


もちろん 毎日毎日 その時その時が

一瞬一瞬が 常にはじまりです


これからも 頑張るのみ

少しでも多くの人のお役に立てるように

美容師の仕事を通じて 僧侶として


少しでも 人々に喜んでもらえるように

その行動が 結果 自分の成長につながります


自分の行動は 必ず自分に返ってきますのでね


ご神仏であり ご先祖様であり

亡き師匠であり

ちゃんと自分たちを守ってくれています

皆さんもそうですよ

それを感じるも 感じないも 


自分の心次第です



つくづく 亡き師匠の思いを感じた

13回忌でありました











最後に これを 

ポチッ としてね










~是非 読んで頂きたい記事~


私達にある病気

寝る前に ちょっとでいいから

善に見えても善ではない行動







...ニコニコ (⌒-⌒) ニコニコ...







臨機応変

この文章は 私 西岡宣龍こと りゅうを 日蓮宗の教師へと導いてくれた今は亡き 私の師匠が 生前書き残した法話や 私 りゅうの 独り言 や つぶやき を 書いてます




まいど~~

宣龍こと りゅうでございます

皆様お願いです

いつも 笑っていて下さいネ

ワハハヽ(^▽^)人(^▽^)人(^▽^)ノワハハ





「当たり前の事を 

当たり前に出来るすごさ」





私事ですが

昨年4月に なりますが

親知らずを抜いたんです


一年以上前から 病んだり 腫れりと

不快な状態が続いていたんですが

我慢にも限界が来て 抜くことに

しかし 親知らずが 歯茎の中に埋まっていて

歯医者では抜けないので

口腔外科を紹介されて 口腔外科で抜くことになる


親知らずが かなり深い位置に埋まっていたらしく

かなり顎の骨を削って抜くことになる・・と

口腔外科の先生に説明され

麻酔は全身麻酔

一本の 親知らずを抜くのに 

全身麻酔での手術になってしまった

しかも 3日間の入院

まっ それは仕方ないので

覚悟を決めて 手術することに

まっ 無事に手術も終わって

今は とても楽になったんです


入院中のことなんですが

手術直後のことです

初めての全身麻酔だったんですが

どうも麻酔が合わないのか・・・・

手術直後 麻酔が思いのほか早く覚めて

とても具合が悪く めまい 吐き気 動悸 等々

気が狂いそうになり・・・・・

しかし 術後2時間は絶対安静

水も飲ましてもらえません


しかし  

術後 1人の看護師さんが 

いろいろ お世話をしてくれていて


その時のことなんですが

術後体調悪くなる人は沢山いるらしく

珍しい事ではないらしいのだが


あまりの 具合の悪さに

どうしても 水が飲みたくて

看護師さんに 水を飲ませてくれないかと頼むが

もちろん 2時間はダメなんですよ~~~


それでも 僕は 動悸がするから薬が欲しいと頼む


もちろん 看護師さんは・・・

西岡さん・・・ 薬あげたいんですけど

2時間後じゃなきゃダメなんですよ




まっ わかっていた返答でしたけどね

でも その看護師さん


病室がとても暑くて 病院の寝巻きも

少しあつてだったせいもあり

体が暑くて暑くて たまらない自分だったんですが

それを 察してくれた看護師さんは


西岡さん 体暑いんでしょ~

Tシャツに着替えますか?

Tシャツのほうが楽なんじゃないですか?

と 言ってくれて

もちろん お願いします と 頼んだ自分


Tシャツに着替えさせてくれた看護師さん

西岡さん ちょっと すぐ戻りますから~

っと いなくなり

もどって来た看護さん・・・・・


西岡さん 先生が無理させなくていいです

って 言ってるので

水飲んでもいいですよ

薬も持ってきたので 飲みましょう


えっ ? まじで 飲んでいいの?

っと 思った僕ですが


2時間は絶対にダメですと

手術前にも言われていたので

まさか 飲んでいいと言われると思わなくて


口をすすぎ 水を飲んで 薬を飲んで

やっと 少し 落ち着きを取り戻した自分


術後のなんで もちろん点滴もしてたんですが

点滴なんて・・・大嫌いな自分・・・

どれぐらいで終わるかな~と

点滴を見ていたら


看護師さんが・・・

西岡さん 早めに終わるように

少しだけ早くしておきますね



その後 寝てしまった自分ですが・・・・



で なにが言いたいかと言うと


看護師さんの行動・・・

一見当たり前のように感じると思うんですが



2時間は絶対安静

何もしてもらえ何のが当たり前

何を頼んでも ダメ って 

言われて当たり前なんですけど


この看護師さんは

僕のその時の 状態をみて

水を飲んでも大丈夫だろう・・・

と 判断したんでしょう

それで 担当医に確認して

水も薬も飲ましてれた



本来ダメと決められても

その時その時の状況によって

判断を変える


これ 出来そうで 出来ないですよね


その時は 僕も麻酔と痛さのせいで

何かを考える余裕もなかったけど


あとでその時のことを考えると

素晴らしい 看護師さんだったな~

なんて 思うんです


この時の 看護師さんの行動に

間違いも正解もないと思うのです


どちらかというと

どんな状況であれ 絶対安静ですから

水も駄目 あれも駄目 これも駄目

ダメなんです! って 言うのが 正解ですよね


だって ダメっていう 理由もあるだろうし

制限する 医学的根拠もあるから

制限するんだろうし



にも 関わらず 僕の状況をみて

担当医に確認する行動ができるって 

すごいな・・・って 思うんです

もちろん 担当医の許可がなければ

できないですけどね



目の前で起きてる状況に応じて

その時その時の 行動を変えることが

できるって 出来そうでできない


看護師なんだから 出来て当たり前だろ!


なんて 思う人もいるかもしれないが

じゃぁ 自分が 普段の生活でも

仕事でも 家庭でも

妻に対してでも 夫に対してでも

子供に対してでも 


臨機応変に対応できてるか?


あ~~ あの時 そうしておけばよかったな~~


なんて 思うことのほうが多い 自分ですが

皆さんは どうですか?




当たり前の事を

当然のように

難なく出来るすごさ 素晴らしさ



この時 たった 2泊3日の入院でも

いろんな 気づきを得ることができました


人間 いつどんな時でも

見る目 視点を変えると

毎日 いろんな 

気づきを得ることができますね








~是非 読んで頂きたい記事~


私達にある病気

寝る前に ちょっとでいいから








...ニコニコ (⌒-⌒) ニコニコ...







夫婦の調和

この文章は 私 西岡宣龍こと りゅうを 日蓮宗の教師へと導いてくれた今は亡き 私の師匠が 生前書き残した法話や 私 りゅうの 独り言 や つぶやき を 書いてます





まいど~~

宣龍こと りゅうでございます




皆様お願いです

いつも 

笑っていて下さいネ



ワハハヽ(^▽^)人(^▽^)人(^▽^)ノワハハ







夫婦仲良くする秘訣は


お互いほめあうことです

お互いの 

良いところだけを見て

ほめあうことによって

夫婦の争いなど 

なくなりますよ


夫の・・・妻の・・・

欠点ばかりばかり見つけて

けなしあってませんか?


そんなことでは 

夫婦の調和などとれませんよ


夫の欠点、

悪いところだけを見つける

妻・・・さん


あなたは 

完璧な良い妻ですか?



妻の欠点、

悪いところだけを見つける

夫・・・さん


あなたは 

完璧な良い夫ですか?


私 りゅうも こんな私でも

たま~に いろんな 

相談をされることもありますが

夫婦の相談をお聞きになるときは


ほとんど 全員の方が


妻である方は

夫の悪いところ 

欠点ばかりを言います


夫である方は

妻の悪いところ 

欠点ばかりを言います


そんな事では 

夫婦の調和など

取れるわけがないですよ!


お互い 良いところ

ほめあって下さい

仲良くなれますよ




夫の欠点ばかり気になる方

妻の欠点ばかり気になる方

他人様の欠点ばかり気になる方


これ 読んどきなさい


寝る前に ちょっとでいいから・・・パート3



最後に

子供の欠点が気になる親様


間違いなく その子は

あなたに そっくりな子ですよ




最後に これを 

ポチッ としてね










~是非 読んで頂きたい記事~


私達にある病気

寝る前に ちょっとでいいから

善に見えても善ではない行動







...ニコニコ (⌒-⌒) ニコニコ...







プロフィール

りゅう

Author:りゅう
北海道の伊達市に住んでる 私 西岡宣龍こと りゅうは 美容師&日蓮宗の僧侶 であります 美を創造つかさの店という名の小さな美容室を 1人で経営しています
美容師である 私 宣龍を 日蓮宗の僧侶へと導いてくれた 今は亡き私の師匠が 生前書き残した法話や 私 りゅうの 独り言 を 書いてます

最新コメント

最新トラックバック

デフォルトカウンター

オンラインカウンター

現在の閲覧者数:

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR